前回の続き
※「店(主にスーパーなどの小売や飲食系)によってなんでこんなに雰囲気に差があるんだろう」という疑問から始まった調査メモです。
店の雰囲気はたまたまそうなっているのではなく、客層も偶然ではない。
運ゲーではなく構造の積み重ねでそうなる。
というのはわかってきましたが、まだ最初の疑問には答えきれていない気がします。
ここから視点を一段引いて調べてみると、
同じ構造は店だけでなく、職場、学校、地域、社会全体
にも広がっているように見えます。
世の中は「雰囲気を読める人」がいることを前提に設計されているようです。
調査メモ① 日本社会は「書かれていないルール」で動いている
日本では、
- 明文化されていないルールが多い
- 空気を読むことが美徳とされる
- 先回りできる人が評価されやすい
「言わなくても分かるだろう」
「察してほしい」
こうした前提の上で、多くの場が運用されている。
これは効率的でもあるが、同時に大きな偏りを生む。
調査メモ② 「読める人」だけが調整役に回される
雰囲気を読める人は、
- 先に異変に気づく
- 自分が動けば丸く収まると分かる
- トラブルを未然に防げる
結果として、
- 率先して動く
- その場を整える
- 何も言わずに我慢する
この役割が、暗黙のうちに固定される。
評価はされにくいが、負担だけが増えていく。
読める人の割合は結構多い気がします。
だから社会は成り立っているのかも。
また、雰囲気を読む人は、コスト吸収装置になってしまっているように思います。
この構造的な無償労働が、
そういう意図はないにせよ組織運営には織り込み済みになっていて、
気づいたときにはけっこうヤバい、
という結果につながることも多いのでは?
調査メモ③ 「読めない人」は基準点になる
一方で、
- 空気を読まない人
- 乱す人
- 無頓着な人
は、排除されるとは限らない。
むしろ、
- ルールを明文化させ
- 管理基準を作らせ
- 許容範囲を決める
基準点として機能することが多い。
皮肉な話です。
そういう人が目立つからってのもあるんだろうけど。
実際のところヤバい客は一握りだとしても、放置も排除もできないなら対応するしかない。
時代が変われば違うのでしょうか?
それとも江戸時代から貼り紙システムは存在していたのか?
調査メモ④ 貼り紙・注意書き文化との接続
店の貼り紙の話と同じ構造が、社会全体にも見られる。
- 問題が起きる
- 注意書きが増える
- 言葉で縛る
- しかし運用は曖昧なまま
結果として、
- 読む人だけが縛られ
- 読まない人はそのまま
という逆転現象が起きる。
もう貼り紙を普通に見られそうにありません。
貼り紙関係の深堀りはこちら↓
調査メモ⑤ 感受性の「非対称性」
感受性は均等ではありません。
雰囲気に“鈍感”な人
- 整った空間 → 平気
- 雑な空間 → 平気
- → 多少荒れてようがどうでもいい
雰囲気に“敏感”な人
- 整った空間 → 快
- 雑な空間 → 強いストレス
- → 小さな乱れでも強く影響を受ける
影響を受ける側が、一方的に不利になる構造。
これは努力や性格の問題ではない。
調査メモ⑥ 過剰に整った空間が生む別の問題
雰囲気を整えすぎると、別の歪みも生まれる。
- 常に評価されている感覚
- 正しく振る舞えという圧
- 失敗できない空気
「良い客」「良い人」しか存在できない空間。
日本的な「正しさ」が、過剰に増幅される。
私はどちらかというとこっち寄り(整い寄り)の空間の方が良いと感じてしまいます。
最近はそういう人もいるんだよ、
という情報もよく目にするので(HSPとか)、
社会全体の流れはそういう人への配慮も進んでいく感じなのでしょうか。
とはいえ、そっち寄りの人たちに配慮しすぎると
まためんどくさいことになりそうです。
こんなことごちゃごちゃ考えずに
「環境の影響なんてあんま関係ないぜ」
くらいの方が健全なのかも。
調査メモ⑦ なぜこの構造が維持されるのか
理由は悲しいほど単純です。
- 読める人は静か
- 読める人は文句を言わない
- 読める人は限界まで耐える
組織や社会から見ると、一番扱いやすい存在になる。
結果として、
- 読める人に甘える
- 読めない人に合わせる
という歪んだ最適化が続く。
ここまでのまとめ
日本社会は雰囲気を読める人が存在することを前提に、
かなりの部分が成り立っているのかもしれません。
それは秩序を保つ一方で、特定の人にだけ負担を集中させる構造です。
しかも、改善の余地があるけどない、みたいな状況になっています。
みんな均等にバランスよくなんて無理なのはわかるけどさぁ、もっとこう…あるだろう!!
最初の疑問からは想定していないところに飛んできてしまいましたが、
店の雰囲気は社会全体の縮図でもあったようです。
次回予告
最初の疑問の裏には
「私はこの特定の雰囲気を嫌だと思っている」
「そしてそれを可能な限り避けたい」
というベースの気持ちがあります。
理由はわかってきたけど、全体的にどうしようもなさそうなので、
対策は「そういう店に行かないようにする」くらいしか思いつきません。
であれば次の疑問は、
「この構造の中でどう距離を取れば摩耗せずにいられるのか」です。
一庶民は自己防衛方向に舵を取るしかできなさそうです。
次回は、距離を取るという選択についてまとめてみます。


